仕事の全体像
- ・この仕事で、いちばん大事にしていることは何ですか。
- ・新人に最初の1か月で覚えてほしいことを3つ挙げるとしたら、何ですか。
- ・1年の中で、忙しい時期と特に注意が必要な時期はいつですか。
暗黙知・形式知・SECIモデル
経験や勘に根ざした「言葉にしにくい知識」を、どう組織に残すのか。ポランニーと野中郁次郎の原典に沿って整理し、ベテランへのインタビューと録音で技術伝承を進める具体的な手順までまとめました。
公開日:更新日:執筆・運営:Klang AI AB
暗黙知は、もともと哲学の言葉です。経営の言葉として広まったのは、野中郁次郎らの研究によってです。2つの使われ方は少し違うため、最初に区別しておきます。
「暗黙知」を論じたのは、化学者で哲学者のマイケル・ポランニーです。1966年の著書『The Tacit Dimension』(邦訳『暗黙知の次元』)の冒頭で、彼は "We can know more than we can tell"(私たちは、語れる以上のことを知っている)と書きました。例として挙げたのが人の顔です。知人の顔は大勢の中からでも見分けられるのに、どうやって見分けているのかは、ふつう言葉で説明できません。
ポランニーにとって暗黙知は、知識の「種類」というより、あらゆる知ることを支える働きでした。これに対し、野中郁次郎と竹内弘高は1995年の『The Knowledge-Creating Company』(邦訳『知識創造企業』、1996年)で、暗黙知と形式知を知識の2つの形として扱い、両者を行き来させることで組織が新しい知識を生み出す、と論じました。日本の職場で「暗黙知を形式知にする」と言うときは、こちらの使い方です。
実務ではこの区別が役に立ちます。暗黙知の一部は、質問の仕方を工夫すれば言葉にできます。一方で、どれだけ聞いても言葉にしきれない部分も必ず残ります。ポランニーの指摘を踏まえると、「すべてをマニュアルにする」ことを目標にしないほうが現実的です。
どちらが優れているという関係ではありません。性質が違うため、残し方と伝え方が変わります。
| 観点 | 暗黙知 | 形式知 |
|---|---|---|
| 中身 | 経験、勘、コツ、判断の基準、身体で覚えた技能 | 手順書、マニュアル、規程、図面、データ |
| 表し方 | 言葉にしにくい。本人も自覚していないことが多い | 文章・数字・図で表せる |
| 伝え方 | 同行、OJT、対話、観察 | 文書を読む、検索する、研修で学ぶ |
| 広がる速さ | 一度に伝わる相手が限られる | 一度書けば、何人にでも同時に届く |
| 弱み | 本人がいなくなると失われる | 書かれた時点から古くなる。文脈が抜け落ちやすい |
暗黙知は職人の世界だけのものではありません。事務や営業の仕事にも、言葉になっていない判断がたくさんあります。以下はいずれも架空の例です。
運転音のわずかな違いから、部品の摩耗に気づく。どの音が危ないかは、点検表には書かれていない。
初回の商談で、決裁者が誰かを見抜く質問の順番。断られそうなときに話題を変えるタイミング。
同じ文面の問い合わせでも、声の調子から怒りの度合いを判断し、上席に回すかを決める。
「この取引先の請求書は、毎回ここの金額がずれやすい」という確認の勘所。
障害の連絡を受けたとき、最初に見るログと、連絡すべき相手の順番。
利用者の表情や食事の様子から、体調の変化を早めに察する観察の仕方。
SECIモデル(セキモデル)は、野中郁次郎と竹内弘高が示した、組織で知識が生まれる過程のモデルです。暗黙知と形式知が4つのプロセスを順に回り、らせん状に広がっていくと考えます。図の四角を選ぶと、各プロセスの実践例と、業種別の例が表示されます。
4つのプロセスの頭文字を取って SECI と呼びます。共同化(Socialization)、表出化(Externalization)、連結化(Combination)、内面化(Internalization)です。重要なのは、一周して終わりではないことです。内面化で身についた新しい経験が、次の共同化の出発点になります。
SECIモデルには批判もあります。たとえばゴーレイ(2006年)は、4つの変換を裏づける実証が乏しいことや、言葉にできない暗黙知を扱えていないことを指摘しています。現場で使うときは、「暗黙知をすべて変換できる」という前提に立たず、どの段階が詰まっているかを点検する道具として使うのが安全です。
E — EXTERNALIZATION
暗黙知 → 形式知
対話や比喩、図を使って、暗黙知を言葉にします。組織の知識づくりで最も難しく、最も価値の大きい段階です。
職場での実践
あなたの組織では(例)
熟練者に「どんな音がしたら止めるのか」を聞き、点検の判断表にする。
Klangが手伝えること:インタビューや説明会を録音すると、話した内容が文字起こしとして残ります。誰かが書く作業を待たずに、言葉になった時点で記録になります。
暗黙知は、失われる瞬間が見えにくい知識です。担当者がいるあいだは問題が表に出ず、いなくなってから初めて気づきます。
長く同じ仕事をしてきた人ほど、言葉にしていない知識を多く持っています。最終出社日が決まってから聞き始めても、時間が足りません。
同じ社内にいても、別の仕事に移れば聞く機会は減ります。前任者に頼れる期間は、思っているより短いものです。
1人しか担当できない状態が続くと、その人の頭の中だけで仕事が完結し、言葉にする必要が生まれません。
熟練した人ほど、自分の判断を「当たり前」と感じます。聞かれないと出てこない知識が多くあります。
言葉にする作業は、忙しい人に追加の負担をかけます。書いても評価されなければ後回しになります。
判断の理由は、会議や雑談、OJTの中でよく語られます。しかし記録されるのは結論だけで、理由は残りません。
技術伝承(技能伝承)は、熟練者の技能やノウハウを次の世代に引き継ぐことです。いきなりマニュアルを書き始めるより、次の順に進めると取りこぼしが減ります。
「その人が休むと止まる業務」と「年に数回しかなく誰も覚えていない業務」を先に選びます。全部を一度に扱おうとすると、どれも中途半端になります。
退職や異動の予定から逆算して日程を決めます。「仕事を奪うため」ではなく「休めるようにするため」「後輩が困らないようにするため」と目的を伝えます。
「いつもどうしていますか」ではなく、「最後に迷ったのはいつですか」と具体的な1回を聞くと、判断の基準が出てきます。質問例は次の章にあります。
実際の作業や画面操作をしながら、考えていることを声に出してもらいます。インタビューでは出てこない手順の細部が出てきます。
インタビューや説明会、OJTを、参加者の同意を得て録音します。メモを取る役を置かなくても、話した内容がそのまま残ります。
文字起こしから手順と判断の分かれ目を抜き出し、下書きにします。下書きは必ず本人に読んでもらい、間違いや抜けを直します。
後任が手順書を使って実際に作業し、迷った箇所を書き足します。ここまでやって初めて、伝承が終わったと言えます。
抽象的な質問には、抽象的な答えしか返ってきません。具体的な場面を思い出してもらう質問が、暗黙知を引き出す近道です。
1回は60分程度にし、同じ人に2〜3回に分けて聞くと、前回の答えを掘り下げられます。答えに出てきた専門用語や社内の略語は、その場で意味を聞いておくと、後で手順書にするときに困りません。
4テーマ・12問。1回60分で、6〜8問が目安です。
話した内容を文字起こしにしておけば、書く作業は「ゼロから書く」から「下書きを直す」に変わります。Klangで進める場合の流れと、実際の下書きの例を示します。
対面ならスマホのアプリで、オンラインならZoom・Teams・Google Meetに会議アシスタントを参加させて録音します。録音ファイルが手元にあれば、アップロードもできます。
日本語の文字起こしは自動で作られます。固有名詞や専門用語は、音声を聞きながら直します。話者の自動識別はプロプランの機能です。
同じ業務のインタビュー、説明会、既存のマニュアルを1つのノートブック(ヘルプセンターでは「分析」)に追加します。関係のない会議は混ぜません。
下のプロンプトのように指示すると、手順書やFAQの下書きができます。回答には、情報が見つかったソースとタイムコードが示されるため、元の発言に戻って確かめられます。
回答は「ドキュメントとして保存」で編集できる文書になり、共有やエクスポートができます。確認待ちの項目を本人に聞いて埋めます。
00:12:40佐藤(ベテラン)
ポンプの点検でいちばん見るのは音ですね。ゴロゴロっていう低い音が混ざっていたら、ベアリングを疑います。そのときは振動計で測って、いつもの値より高ければ止めて班長に連絡。数値が普通でも音が続くなら、翌日もう一回聞きます。
00:13:25聞き手
「いつもの値」は、どこに書いてあるんですか。
00:13:31佐藤(ベテラン)
点検表の右端に前回の値を書いているので、それと比べます。
確認待ち
「前回の値より高い」とは何割以上か、話に出ていません。推測で埋めず、佐藤さんに確認してから手順書に書きます。
手順書の下書きを作るプロンプト
追加したインタビューの文字起こしをもとに、〔業務名〕の手順書の下書きを作ってください。 - 手順は番号付きで、1つの手順に1つの動作を書く - 判断の分かれ目(〜の場合は〜する)は分けて書く - 各手順に、根拠になった発言のタイムコードを付ける - 話に出てこない数値や条件は推測で補わず、最後に「確認待ち」として一覧にする - 新人が間違えやすい点と、トラブル時の連絡先は別の見出しにまとめる
文字起こしや手順書には限界があります。どこまでを文書で渡し、どこからを経験で渡すのかを決めておくと、伝承の計画が現実的になります。
経験者の判断を、印象語だけで終わらせない会話例です。
以下の人物・案件・会話・数値は、説明用の架空の例です。
経験者が説明したことを、そのまま全件に適用できる規則とはしません。対象の場面と確認方法を残します。
確認後に残す記録の例
聞き取りメモ:この案件では、依頼文に納期の記載がなく、以前の案件より数量が多いことを確認の手掛かりにした。まず納期と数量の前提を依頼者へ確認。全ての案件で同じ判断が成り立つとは未確認。 すぐ標準手順へ進む案は、納期が不明なため採らなかった。記録だけでは納期の回答や、最終的に受けた条件までは確認できない。
成功談一つから、いつでも使える手順を作らない例です。
以下の人物・案件・会話・数値は、説明用の架空の例です。
| 確認するもの | 記録した内容 | 次の扱い |
|---|---|---|
| 通常例 | 数量と納期が明記され、標準手順へ進んだ | 前提が揃う |
| 例外例 | 数量が未確定で、先に依頼者へ確認した | 前提が不足 |
| 分かれ目 | 必要な条件が確定しているか | 不明なら標準手順へ進めない |
違いを本人の勘だけにせず、次の担当者が見られる条件へ置き換えます。
確認後に残す記録の例
対比例:通常例は数量・納期が確定しており標準手順へ。例外例は数量未確定で依頼者へ確認。最初に条件の確定状況を確かめることが、二例に共通する確認点。
言葉にできた部分と、実演が必要な部分を分けます。
以下の人物・案件・会話・数値は、説明用の架空の例です。
| 確認するもの | 記録した内容 | 次の扱い |
|---|---|---|
| 会話で残せること | 作業前に確認する表示と手順の順番 | 文字で確認できる |
| 会話だけでは不十分 | 部品の向き、手の動かし方、力加減 | 適切な実演や観察が必要 |
| 次の学習 | 許可された場で経験者の実演を見て確認 | 文章だけで実施を認めない |
録音や文字起こしで、視覚・触覚の情報がそのまま保存されるわけではありません。作業に必要な安全確認は所属先の指導に従います。
確認後に残す記録の例
学習の切り分け:事前確認と順番は文章化。向き・動作・力加減は文章だけでは確認できず、指導者の実演と観察で学ぶ。記録を読んだだけで単独実施が可能とは判断しない。
理解の確認を、能力や性格の評価にしない例です。
以下の人物・案件・会話・数値は、説明用の架空の例です。
説明し返してもらう目的は、指導の不足や条件の取り違えを見つけることです。一回の回答で人を順位付けしません。
確認後に残す記録の例
確認結果:新任Aは数量だけで標準手順へ進めると理解していた。納期も確定している必要があると補足し、数量確定・納期未確定の例で再確認する。 言葉で説明できた後も、次の練習案件を指導者が観察する予定。説明の一致だけで、単独の実務対応を確認済みとはしない。
Klangは、インタビューや説明会、OJTの会話を録音して文字起こしし、ノートブックで複数の記録や資料をまとめて分析できるようにします。チャットの回答には根拠のソースとタイムコードが示されるので、元の発言を確かめながら手順書やFAQを作れます。
暗黙知は「あんもくち」と読み、英語では tacit knowledge と言います。対になる形式知は「けいしきち」で、英語では explicit knowledge です。
言葉や図で表せるかどうかの違いです。形式知は文書にして多くの人に同時に渡せますが、暗黙知は経験や対話を通してしか伝わりにくく、本人がいなくなると失われやすい知識です。
野中郁次郎と竹内弘高です。1995年の英語の著書『The Knowledge-Creating Company』で体系的に示され、翌1996年に邦訳『知識創造企業』が東洋経済新報社から出版されました。読み方は「セキモデル」です。
できません。身体で覚えた技能や判断の速さは、文書だけでは伝わりません。判断の理由や前提、よくある失敗など、言葉にできる部分を確実に残し、残りは同行や実践で補うのが現実的です。
ほぼ同じ意味で使われます。製造業では、熟練者の手作業の技を指して「技能伝承(技能継承)」、設計や保守のノウハウを含めて「技術伝承」と呼び分けることもあります。どちらも、暗黙知をどう次の担当者に渡すかが中心の課題です。
目的、聞く人、保存期間を説明し、本人の同意を得てから録音してください。途中で止めたい、この部分は残さないでほしいという希望にはすぐ応じます。顧客名やパスワードなどは読み上げないよう、事前に頼んでおくと安全です。