質的データ分析
M-GTA・SCAT・テーマティック分析。質的研究のコーディング方法を比べる
インタビューの逐語録をどう分析するか。日本の研究でよく使われるM-GTA(木下康仁)とSCAT(大谷尚)、国際的に広く使われるテーマティック分析(Braun & Clarke)について、原典に沿った手順、比較表、SCATの記入例、分析の過程を残す方法をまとめました。
更新日:執筆・運営:Klang AI AB
3つの方法の比較
どの方法が優れているかではなく、研究の問いとデータの量、成果として何を示したいかで選びます。指導教員や分野の慣習も確認してください。
| M-GTA | SCAT | テーマティック分析 | |
|---|---|---|---|
| 考案者・原典 | 木下康仁(1999、2003、2007など)。グレイザーとストラウスのグラウンデッド・セオリーを修正 | 大谷尚(2008、2011、2019) | Braun & Clarke(2006)。その後「再帰的テーマ分析」として発展 |
| 向いている問い | 社会的相互作用に関わる、プロセス的な現象の説明 | 1つのケースや少数のデータからの理論化。比較的小規模なデータにも適用できる | データ全体に見られる意味のパターンの記述・解釈 |
| 分析の単位 | データを細かく切片化せず、分析テーマと分析焦点者の視点から意味を読む | セグメント化したテクスト1行ずつに4つのステップでコードを付ける | データの任意の部分にコードを付け、テーマへ発展させる |
| 主な道具 | 分析ワークシート(概念名・定義・具体例・理論的メモ)、結果図 | SCATフォーム(〈1〉〜〈4〉と〈5〉疑問・課題) | コード、テーマの候補、テーマの地図 |
| 成果の形 | 概念とカテゴリーの関係を示す結果図とストーリーライン | ストーリーラインと理論記述 | 名前と定義を持つ数個のテーマと、それを示すデータ抜粋 |
| 注意点 | 分析テーマと分析焦点者の設定が分析全体を左右する | 手順が明示的な分、形式だけをなぞると浅い分析になる。〈4〉は文でなく概念で書く | 「テーマが自然に浮かび上がる」のではなく、分析者が能動的に作ると考える |
M-GTA(修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ)
M-GTAは、木下康仁がグレイザーとストラウスのグラウンデッド・セオリー・アプローチを修正して提唱した方法です。看護・福祉・ソーシャルワークなどのヒューマンサービス領域の研究で多く使われています。
- 01
分析テーマと分析焦点者を決める
分析テーマは、データに照らして研究の問いを絞ったもの。分析焦点者は、インタビューに応じた特定の個人ではなく、研究計画から規定される抽象的な集団です(例:「要介護状態の妻を介護している夫」)。この2つの視点からデータを読みます。
- 02
分析ワークシートで概念を作る
関連すると思われる箇所に着目し、分析ワークシートを立ち上げます。ワークシートは上から順に、概念名、定義、具体例(ヴァリエーション)、理論的メモの4欄で構成されます。データは細かく切片化せず、着目する範囲は意味内容から判断します。
- 03
比較して概念を育てる
同じ概念に当てはまる類似例を他のデータから探して具体例の欄に加えます。あわせて、解釈が気づかないうちに偏らないよう、対極例がないかをデータに照らして確かめます。
- 04
カテゴリーと関係を作る
概念どうしを比較し、関係を検討しながらカテゴリーにまとめます。分析テーマと分析焦点者に照らして、プロセスとしての動きを説明できるかを確かめます。
- 05
結果図とストーリーラインにまとめる
概念とカテゴリーの関係を結果図に表し、分析結果を簡潔に文章化したストーリーラインを書きます。新たに重要な概念が生成されなくなった段階を、理論的飽和化として分析の終了を判断します。
| 欄 | 記入例 |
|---|---|
| 概念名 | 即答で業務を回す |
| 定義 | 問い合わせにその場で答えることで、自分の業務を止めずに回そうとすること |
| 具体例(ヴァリエーション) | A-01「聞かれたら答えたほうが早いんですよ。書いている暇があったら」/A-05「とりあえず口で言っておけば終わるので」 |
| 理論的メモ | 対極例として、文書に残そうとしているA-03の語りを確認する。即答が「楽だから」なのか「期待されているから」なのかは未確定 |
SCAT(Steps for Coding and Theorization)
SCATは大谷尚が開発した方法です。セグメント化したデータに4つのステップでコードを付け、そこからストーリーラインと理論記述を書きます。手続きが明示的で着手しやすく、比較的小規模なデータにも適用できるとされています。
- 01
〈1〉データの中の着目すべき語句
テクストの中から、注目すべき語句をそのまま抜き出します。
- 02
〈2〉それを言いかえるためのデータ外の語句
〈1〉を、テクストにない言葉で言いかえます。
- 03
〈3〉それを説明するための語句
〈2〉を説明する、より抽象度の高い概念を書きます。
- 04
〈4〉そこから浮き上がるテーマ・構成概念
前後や全体の文脈を考慮して、テーマや構成概念を書きます。文ではなく、精緻化した概念(名詞・名詞句)で書きます。気づいた疑問や追究すべき課題は〈5〉疑問・課題の欄に書きます。
- 05
ストーリーラインと理論記述
〈4〉の構成概念を使って、データに潜む意味や意図を文章で書き表したものがストーリーラインです。そこから、ほかのケースにも通用しうる一般性のある知見として理論記述を取り出します。
SCATの分析表(架空のデータ)
ボタンで〈1〉から順にステップを表示できます。テクストから離れて、少しずつ抽象度が上がる様子を確かめてください。〈5〉疑問・課題は常に表示しています。画面が狭い場合は、表を横にスクロールしてください。
| 番号 | 発話者 | テクスト | 〈1〉データの中の着目すべき語句 | 〈2〉それを言いかえるためのデータ外の語句 | 〈3〉それを説明するための語句 | 〈4〉そこから浮き上がるテーマ・構成概念 | 〈5〉疑問・課題 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | A-01 | その場で答えちゃいますね。聞かれたら答えたほうが早いんですよ。書いている暇があったら。 | その場で答えちゃう/答えたほうが早い/書いている暇 | 即時の口頭回答/記録より回答の速さを優先 | 即応による業務の回転/記録コストの回避 | 即応を職務能力とみなす自己規定 | 速さの優先は本人の価値観か、業務量による制約か |
| 2 | A-01 | でも、月初はさすがに同じことを何回も聞かれて。あれ、前にも言ったよな、って。 | 月初/同じことを何回も/前にも言ったよな | 定期的に集中する同一の質問/繰り返しへの気づき | 反復的問い合わせ/知識の非蓄積 | 即応の積み重ねが知識の蓄積を妨げる循環 | 繰り返しに気づいていても記録に移らないのはなぜか |
| 3 | A-01 | 休みの日に電話がかかってきたこともあります。私しか分からないので。 | 休みの日に電話/私しか分からない | 勤務時間外の対応/知識の個人への集中 | 属人化/役割の境界の侵食 | 知識の属人化がもたらす代替不能性 | 代替不能であることを、本人は負担とだけ感じているか |
ストーリーライン
一人で総務を担う担当者は、問い合わせにその場で答える【即応を職務能力とみなす自己規定】を持っている。しかし即応の積み重ねは知識を記録に残さないため、【即応の積み重ねが知識の蓄積を妨げる循環】が生じ、同じ問い合わせが定期的に繰り返される。さらに知識が本人に集中することで【知識の属人化がもたらす代替不能性】が生まれ、勤務時間外にまで対応が及んでいる。
理論記述
- 担当者が一人に限られる業務では、問い合わせへの即応が職務能力の表れとして意味づけられやすい。
- 即応による対応の積み重ねは、知識の非蓄積と属人化を通じて、担当者の代替不能性を強める循環を形成しうる。
【】は〈4〉のテーマ・構成概念です。〈4〉には文ではなく概念(名詞句)を書き、ストーリーラインは〈4〉の語をすべて使った文章にします。理論記述は、ほかのケースにも通用しうる一般性のある形で書きます。実際の分析では、聞き手の発話も含めて全体を順に分析し、データの量もこれより多くなります。実際の分析では、大谷尚が公開しているSCATのExcelフォームと解説に従ってください。
テーマティック分析(主題分析)
BraunとClarkeが2006年の論文で手順を示したテーマティック分析は、心理学をはじめ多くの分野で使われています。その後、二人は分析者の主観と解釈を積極的に位置づける「再帰的テーマ分析(reflexive thematic analysis)」として説明を発展させています。
2006年の論文では6つのフェーズ(データに慣れる、初期コードの生成、テーマの探索、テーマの見直し、テーマの定義と命名、報告書の作成)として示されました。再帰的テーマ分析の説明では、後半のフェーズの名前が「テーマの生成」「テーマの発展と見直し」などに改められ、テーマはデータから自然に浮かび上がるのではなく、分析者が能動的に作るものだと強調されています。
また、コードブックを固定して複数のコーダーの一致率を測るやり方は、再帰的テーマ分析の考え方とは異なります。どの種類のテーマ分析を使ったのかを論文に明記してください。
- 01
データに慣れ親しむ
逐語録を繰り返し読み、気づいたことをメモします。録音を聞き直すことも含みます。
- 02
コードを付ける
研究の問いに関係する特徴に、データ全体を通してコードを付けます。
- 03
テーマの候補を作る
コードをまとめ、意味のパターンとしてテーマの候補を作ります。
- 04
テーマを見直す
テーマの候補を、コードを付けた抜粋とデータ全体に照らして確かめ、統合・分割・削除します。
- 05
テーマを定義し、名前を付ける
それぞれのテーマが何を語っているのかを定義し、全体の中での位置づけを明確にします。
- 06
報告書を書く
データ抜粋と分析的な説明を組み合わせて、研究の問いに答える形で書きます。書く作業も分析の一部です。
逐語録とAIは、コーディングをどう支えるか
どの方法でも、分析の材料は正確な逐語録です。文字起こしやAIの道具は、材料を整え、原文へ戻る作業を速くしますが、概念を作り、解釈し、判断する作業は研究者が担います。
- Klangのノートブックには、分析したいインタビューだけを選んで追加できます。AIエージェントは追加したソースだけを読んで答え、根拠となったファイルとタイムコードを示します。
- 研究では、AIに読ませてよいデータかどうかを、同意書と倫理審査の条件で先に確認してください。
- AIが示したコードやテーマの候補は、分析の下書きではなく「確かめるべき仮説」として扱います。採否と理由を分析メモに残します。
| 作業 | 道具が支えられること | 研究者が行うこと |
|---|---|---|
| 逐語録の作成 | 文字起こし、話者と時刻の付与 | 録音との照合、表記ルールの適用、匿名化 |
| データの準備 | Excel・CSVへの書き出し、セグメントごとの行分け | セグメントの切り方の決定 |
| コーディング | 発言の検索、関連箇所の候補出し | コード・概念の命名と定義、ステップごとの記入 |
| 比較 | 「この概念に当てはまる他の発言」の候補探し | 類似例・対極例としての採否の判断 |
| 理論化 | — | カテゴリーの関係づけ、ストーリーライン、理論記述 |
| 確認 | タイムコードから原文・録音へ戻る | 引用の正確さと文脈の確認 |
分析の過程を残す(オーディット・トレイル)
質的研究の信用性を示すには、結論だけでなく、どうやってそこに至ったかをたどれることが大切です。分析を始める前に、何を残すかを決めておきます。
分析の過程として残すもの(6項目)
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コーディングの前に、正確な逐語録と、戻れる原文を
Klangは、インタビューの録音を話者と時刻つきで文字起こしし(話者の自動識別はプロプラン)、Excel・CSV・Wordで書き出せます。SCATのフォームやM-GTAのワークシートに貼るテクストを、短時間で用意できます。
- フリープランでも文字起こしは無制限。録音ファイルは1つ10GBまでアップロードできます。
- ノートブックには選んだインタビューだけを入れられるので、分析の範囲を研究者が決められます。
- AIの回答に付くタイムコードから、元の発言を録音で確かめられます。
よくある質問
M-GTAとSCATは、どちらを使えばよいですか。
研究の問いで選びます。人と人の相互作用のプロセスを説明する理論を作りたい場合はM-GTA、1つのケースや少数のデータから理論化に着手したい場合はSCATが候補になります。分野や指導教員がどちらに慣れているかも、実務上の判断材料です。
テーマティック分析とKJ法の違いは何ですか。
どちらもデータからまとまりを作りますが、目的が違います。KJ法は発想法として、データから新しい構造を見つけることを重視します。テーマティック分析は研究の問いに答えるため、テーマを定義し、データ抜粋と分析的な説明で報告することまでを手順に含みます。
分析にNVivoやMAXQDAなどの専用ソフトは必要ですか。
必須ではありません。SCATはExcelなどの表計算ソフトで行えるように作られていますし、M-GTAのワークシートも表計算ソフトや文書ソフトで作れます。データ量が多い場合や、複数人でコードを管理する場合は、専用ソフトが役立ちます。
AIに逐語録を読ませてコーディングしてもよいですか。
まず、同意書と倫理審査の条件で、AIサービスにデータを入力してよいかを確認してください。使う場合も、AIの出力は候補として扱い、概念の命名、採否の判断、解釈は研究者が行います。使った範囲と確認方法を記録し、論文に記載が必要かを所属機関の方針で確かめます。
インタビュー調査の流れとガイド
聞く・記録する・分析する・使うの4段階で、関連するガイドをまとめました。各ページの架空の例は、同じ架空の調査(中小企業の総務担当者への聞き取り)を使っています。
1. 聞く
2. 記録する
3. 分析する
- M-GTA・SCAT・テーマティック分析(このページ)
- KJ法・アフィニティ図
- 定性分析の基本
4. 使う